鉄幹・晶子が中心となった「明星」では、郷土伊東の生んだ詩人木下杢太郎や、伊東音頭の作詩家でもある北原白秋、吉井勇、高村光太郎など多彩な同人が活躍していました。
明星が百号をもって廃刊した以後も、夫妻の創作意欲は衰えませんでしたが、特に晶子は、芸術一般のみならず、教育問題婦人問題などあらゆる分野ではば広い活躍をしていました。
与謝野夫妻と伊東との深い結びつきができたのは、夫妻にとっては晩年の昭和に入ってからのことです。
伊豆を愛して、一碧湖畔に終生の住処を築いた嶋谷亮輔の抛書山荘を、夫妻は毎年のように訪れるようになりました。
嶋谷夫人が新詩社の同人であった縁にはじまりますが、やがて家族ぐるみの付き合いとなり、数日の滞在を繰り返すことになります。
昭和10年の鉄幹の死後もそれは続き、嶋谷氏の案内で、大室山・川奈ホテル・富戸など周辺にも出かけて歌を詠み、夫妻が一碧湖を中心にして伊東で詠んだ歌は数百首にのぼります。
それらの歌は、昭和6年以後新詩社の同人誌であった「冬柏」に掲載されています。
最初の頃は、熱海から船で来たりしたが、温泉好きの夫妻は、伊東へ来ると、新詩社同人の岡崎氏の別荘(和田湯近くにあった)で温泉につかるのが例になっていました。
船から見た伊東の歌や、岡崎別荘での歌、新井の宝専寺そのほか市内各地で詠んだ歌も数多く残されています。 |