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三浦按針の足跡

松川沿いに下って海岸で出るところ、なぎさ橋際に日本初洋式帆船を建造した三浦按針(英国名ウィリアム・アダムス)の事績を記念した小さな公園「按針メモリアルパーク」があります。公園の中には昭和24年(1949年)7月15日に建立除幕されたE・ブランデン碑と按針の胸像(昭和62年〈1987年〉8月10日除幕)と帆船建造400周年に建てられた標柱(平成16年〈2004年〉12月23日除幕)があります。
アダムス像
英国人ウイリアム・アダムスはケント州ジリンガムに生まれ、12歳でライムハウスの造船所で徒弟として12年間働き、造船、天文学航海術を勉強し、25歳で海軍に入りドレイク艦隊の船長をつとめたのち、故郷でロンドンの女性と結婚して2人の子をもうけました。
「北極探検」に2年間参加し再び故郷に帰った1598年6月オランダの東洋遠征隊(5隻)の航海長を務め地獄のような苦しい航海の末、ただ1隻リーフデ号が1600年4月、九州備後沖に漂着しました。大阪城で徳川家康に調べられ、彼の人柄がすばらしいことから信用され江戸日本橋に一軒の家を与えられ、江戸城に通い家康に数学・地理学を、幕府要人に砲術、航海術、天文学などを教え、家康の外交顧問となりました。
 
慶長9年から11年の頃、家康の命令で浦賀水軍の総帥向井将監と船大工一行とアダムスは、伊東の船大工を使い松川河口(唐人川合流地点)で日本初の洋式帆船80トンを建造し、この船で沿岸測量をしました。その後再び家康の命令を受け、外洋に出られる大型船120トンを建造し、慶長15年にこの120トンの船をイスパニア(スペイン)の提督ビベロに貸与して、アメリカを経てアカプルコ(メキシコ)に太平洋を横断して安着しました。(伊東市では、洋式帆船建造進水を記念して毎年8月10日に按針祭を開催しています。)

慶長10年、家康はアダムスに三浦郡逸見(横須賀市)に250石を与え、名も三浦按針となり日本娘お雪と結婚し2子をもうけました。

慶長14年に平戸へオランダ船が入港した際、商館設立のために平戸に赴き力をかしました。

英国も慶長18年(1613年)にグロープ号が平戸に入港し、司令官ジョン・セーリスと会い家康・将軍秀忠に合わせ平戸商館の設立に協力し、その後琉球・シャムに航海したのち、独立して中国との交渉のためトンキンに渡来し活躍。元和2年(1620年)56歳で平戸でその生涯を閉じました。

「青い目のサムライ(三浦按針)」牧野正著より


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